過去の日記
2007年7月31日(火)
「オール」

昔、母が「砂糖と塩」のどちらが大切かについて話してくれたことがありました。『ある国の王様がね、娘3人に、自分に砂糖か塩のどちらかを贈れって言うちゃたんよ(言いました)。長女と次女は「優しいお父様には甘いお砂糖を」と言うたんじゃけど(言いましたが)三女は「塩を贈ります」って。辛い塩を選んだ娘のことを、王様はえらい(凄く)怒って国外に追放したんと(追放されました)。でも隣国から攻められて城にこもったら、砂糖は無くても困らんかったけど(困らなかったけれど)、塩が無けりゃ生きていけんかったんと(生きていけなかったらしい)』といった内容だったと思います。

 ある会社の役員で尊敬している方から「叱ってくださる方を大切になさい」と言われたことがあります。反対の意見を耳にするのは嫌なことです。批判されるのもいい気はしません。ましてや自分で良いと信じて進めていることを諭されることを好む人は少ないでしょう。でも、耳に痛いことを言ってくれる人を遠ざけることは大切な財産を放棄することになるのよ、と彼女は教えてくださったのだと思っています。

それらの影響もあるのかもしれませんが、私は本気で誰かに対峙する時は塩を渡す方だと思います。

TOKIOの歌に「お前の失脚を願っている者にお前のオールを任せるな」といった歌詞があります。作は中島みゆきさんです。初めて耳にした彼女の歌は『時代』でした。歌いだしを失敗する恐れはありますが、時折カラオケで挑戦することがあります。別の歌で「僕は褒める、君の知らぬ、君について、いくつでも」というフレーズがあります。私は深くて濃い愛情を感じます。世界にたった一人でもそう言ってくれる人がいたらどんな困難なことに直面しても生きて行けそうな気がします。そして、相手が何かに打ちのめされているようなとても辛い時にかける言葉かなとも。

「褒める」ことも大切だとよく言われます。「褒めて育てる」とも。「褒める時」は確かに育てる過程にも必要です。でも、本気で育てる時もそうでしょうか…、まだよく分かりません。

 一人ひとりの職員が自分自身の手でオールを握って、ボートをしっかりと漕いで欲しいとの願いを込めて4回目の職員への「平生町社協の歴史を振り返る会」を今日開催しました。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月30日(月)
「花咲かせ隊―種」

「ひまわりは…、失敗でしたね」と、ご覧いただいたほとんど全ての方に言われました。先に咲いた背丈の低い方のひまわりの花びらは台風4号の風でほとんど飛ばされ、今は中央が黒くなっています。高い方は精一杯咲いていますが、雑草も精一杯背伸びをしていまして、草原の上に黄色い花が浮いているようです。枯れた方からそろそろ草刈をしないといけない様子です。

その前に種を取ることにしました。「だ〜いすきなのはあー ひーまわりのたね〜」とハムタロウの歌を口ずさみながら花の部分を切る作業をしました。花の中央には、種が“ぎっしり”です。この種は「あいあむ」にお越しいただいた方へ差し上げようと思っています。受け取って下さった方々に大切に育まれ、来年、この種からまた新たな生命が生まれましょう。いつの間にか、一つ一つのひまわり達に「来年は大きく育ってね。来年はもっと上手に育ててもらってね」と声をかけていました。ひまわりは、育ち、花を咲かせ、種を残し、ちゃんと成功していました。丁度咲いて欲しい時には咲かず、想像していたほど大きくならず、なあんて、人間の都合に合わなかったからと言ってひまわりにとっては「失敗」ではないのだろうと思いました。ひまわりは立派に「成功」していました。「あんまり、小さいことに拘ってちゃあ、いい人生は歩めねーぜ」と、見事に次世代にバトンを渡したひまわりから諭されているようです。

追伸:背中に模様があるカメムシを発見しました。まるでネイルペイントみたいでしょう。こんなカメムシがいるんですね。

2007年7月27日(金)
「スッテンコロリン」

「れすとらん☆あいあむ」の二日目です。お迎えするテーブルに飾る花を切るには少しでも早い時間の方が適しています。7時過ぎに家を出て「あいあむ」に向かいました。太陽は充分昇っていますが、まだ朝露は光っていました。ひまわりは倒れそうになっているものを5本、後は雑草の中から花をつけているものを7種類ほど見つけて摘みました。皆さんから頂いた花瓶のどれに活けようかと考えながら歩いていると盛り土の下に白い花を見つけました。せりのような葉をした植物です。葉の淡い緑と透き通るほど薄い白い花びらの組み合わせが涼やかです。止せばいいのにスリッパのまま、盛り土を駆け下りました。案の上、このところの晴天で乾いている土はもろく崩れ嫌というほどお尻を打ちました。充分にお肉がついてますので身体はなんとも無いようですし、まだ他の職員も来ていませんから、「スッテンコロリン」の現場を見られた気配もありません。まあ、不幸中の幸い、ってところでしょうか。せりのような雑草を2本切り、事務所に帰りました。  

 花の水切りをしていて、何かの折に自分のお尻に触れると、なんとズボンが鍵方に破れています。着替えが今日に限ってありません。仕方なく応急に縫うことにしました。これは昔ネパールに行った時、バザールで買ったものです。ネパールで買ったのにタイの少数民族の刺繍にとてもよく似ていたことを一緒に行った友人と不思議がったものでした。  

 私は殆ど厨房の中での作業なのですが、今日は日頃からお世話になっている方がいらっしゃってくださり、お客様のお席までご挨拶に伺う機会も多かったのですが、その都度お尻に手を当てては歩いていました。黒いズボンなのに青い糸しか手元になく、縫い目をお見せするわけにもいきません。   

 白い花は思ったより、可憐で清楚な華やかさがありました。どなたのお気持ちを和らげる働きをしてくれたのでしょうか…。今日は、昭和60年結成の朗読ボランティアグループ「つゆくさ」の方々もお越しいただきました。朝摘んだつゆくさも二ヶ所に活けていましたが、「つゆくさ」の方々のお目には留まったかしら。  

 今日はなかなかスムーズに約50名のお客様をお迎えできました。「おばあちゃんのサラダバー」は「焼きかぼちゃの枝豆ソースかけ」「じゃこピーマン」「蒸しなすの胡麻酢和え」「ゴーヤのピクルス」等をご用意し、無くなったら別のお品を出すようにしました。当初枝豆はなすと合わせてサラダにする予定でしたが、下ごしらえをしている時、あまりにも美味しかったので枝豆をメインにした一品にしました。ちょっと枝豆が多すぎたかなとも思えましたが、なかなかの出来だったとスタッフ間では自画自賛でした。私も「シュンタロウ」になるほどのこともなく焼きカレーやコーヒーをお出しすることができました。白い花と朝の「スッテンコロリン」のお陰かな。厄落としってことでしょうか。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月24日(火) 
「切子硝子」

今日の認知症介護実践者リーダー研修のプログラムは、二人で3時間ずつ受け持ちました。私は「地域資源の活用」について認知症の高齢者とその家族をどのように地域で支えるかについて講義演習を行いました。社協の職員ですからこのコマが割り当てられるのは当たり前といえばそうですが不得手ではあります。

 もうお一方は「コーチング」についての講義演習でした。近頃ビジネスや教育の分野で話題のコミュニケーション技術のひとつです。一方的に指示するのではなく本人の気づきを促し、考えを明確化していく方法という感じでしょうか。講義や演習に参加していて思い出したことがあります。ある雑誌に「人の話を聴くということは、その間の時間を相手に渡すということ」といった内容でした。適切なコーチングには、前提として相手の話を誠心誠意聴くことがあげられようかと思いました。時間は全ての人に公平に在るものですよね。人間の暮らしに宇宙の法則を合わせるため時折1秒程度の誤差やうるうの年などはありますし、感じ方の違いはありますが、通常同じ場所にいる二人の間で経過する時間が違うということはありません。そしてまた、その一瞬は二度と還ってはきません。そのかけがえのない「時間」を誰かのために提供するということはその相手への最大のプレゼントかもしれません。「貧者の一灯」という言葉もあります。お金では買えないものであるからこそ貴重でもあります。ある噺家さんが、贈り物は相手が何を歓んでくれるか、何を贈ろうか、って考える時間が大切だといった話をされていました。一生懸命考えて決めたモノは必ず相手へ気持ちを伝えてくれる、とも。おもてなしも同様ですね。そういえば、友人のご子息の慶事にお祝いをさせていただきました。後日、内祝の品物をいただきました。深い緑色の切子硝子のグラスでした。私は緑色が好きです。そしてお酒もしかり、です。これで焼酎のロックでもいただけば相当元気が出そうです。入れる氷も球形にカットしたくなります。それが自分の所持品に加わったということも嬉しいことですが、相手が私に贈る品物を選ぶ時に私の好みやライフスタイル等を思い浮かべながら時間を過ごしてくれたことがなんとも気持ちを暖かくしてくれます。   

 人材の育成には時間が必要です。成長する時間ももちろんですが、育成する方もその人のことをどれくらい考えたか、どれくらいの時間をかけて一生懸命考えたか、などがキメテになるのかもしれませんね。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月22日(日)
「ニイナ」

自宅の近くでは日曜日の朝、農産物や海産物等を中心とした朝市が7時から開かれています。可能な日はふらりと覗きに行きます。今日もききょう等の花を購入した後、新鮮な茗荷を発見し迷わず購入。10個ほどで100円でした。もっと進むと「ニイナ(私の家族はそう呼んでいましたが「ニナ」の方が一般的かも)」がありました。これも一袋100円。結構大きなものも入っています。これも二袋購入。「ニイナ」ってご存知ですか?正式な名称がよくわかりませんが小さな巻貝といった感じのものです。川ではなく海の浅瀬の岩にくっついているのを幼い頃、採ったことがあります。幼い頃はこれが大きくなったらサザエになると思っていましたがそうではないようです。さっと洗って厚手の鍋で乾煎りし、爪楊枝や待ち針を使用して身を取り出します。磯の香りが口の中一杯に広がります。空の貝等を捨てる段に巻貝の蓋の部分にあたるモノがとても美しいことに気づきました。ニイナの生態を詳しくは知りませんが、長い年月をかけて少しずつ大きくしていったのでしょう。嫌になったり諦めたりせず、ただひたすら蓋を作ったんですね。大小はあるものの一定の法則に従ってできているように思われます。昔のボタンは貝殻を加工して作られていたと聞いたことがあります。以前、バラの花の香りを嗅いだ時、「石鹸のにおいがする」と言って笑われたことがあります。それはバラの香りを真似て石鹸に香りをつけたものだとのことです。自然の中で織り成される美しさに勝るものを人間が創造することは不可能なことで、それをできるかもしれないと奢ってしまうことからいろいろな災いがもたらされてしまうのではないかと思ってしまいます。  

 明日から3日間、認知症介護実践者リーダー研修に伺います。私は『福祉は人、組織は人、経営は人』と思っています。介護現場のリーダーの方々と自組織の人材育成について一緒に考える内容の講義演習が中心になります。人材育成という仕事も結果が現れるまでに時間がかかることです。携わる者も嫌になったりせず、辛抱強く継続していかなければならないことと言えましょう。蓋を辛抱強く大きくしていったニイナ達には及びもしないかもしれませんが、じっくりと取り組む方策を一緒に考えてきます。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月21日(土)
「花瓶」

6月の「テーブルクロス」でも触れましたように、「あいあむ」で使用している食器やダイニングテーブル等は全てご寄贈品です。これまでご寄贈いただいた家具や食器はほとんどが事業部で使用させていただいてきましたので、現事業部長の渡邊は本会いちの「イタダキ上手」でした。その渡邊が「今年度の局長は私より凄い」と太鼓判を押す(?)ほど私は「チョウダイ」が口癖になっているようです。  

 カレーライスには付き物の冷たいお水が必要なのですが氷入れがありません。先週は「いらん(必要のない)アイスペールはないかね?」が口癖になっていました。とうとう職員の一人が「外側が少し錆びてますけど…」と、自宅から持って来てくれました。「じゃあ、ちょっと貸してね」と言うと「今は使ってませんから寄付しますよ」とのこと。本当に使ってないのかどうか、少々怪しくはありますが、そこは鵜呑みにした振りをして、ちゃっかり、「れすとらん☆あいあむ」で使わせていただいています。これまではどんぶりを代用していましたので氷の溶けようが早くて仕方がなかったのです。さすが、アイスペール、製氷機から出してからの「モチ」が違います。   

 花瓶も無くてワインの空き瓶に活けています。ある会議で理事のお一人に出会いました。つい、「使われてない花瓶ありませんかね」と口に出てしまいました。翌日、奥様とご一緒にとても素敵な花瓶をお持ち頂きました。無理強いをしてしまったのでは、と危惧もしましたが、お花は明らかに空瓶よりも栄えます。と、それを友人に話したら彼女からも花瓶を戴いてしまいました。お砂糖1キロともども。「そんなつもりじゃあなかったんだけど…」と言いながら「あいあむ」に届けておきました。   

 結局花瓶は10個以上が集まりました。「どんなに暮らし向きが苦しくても人に物を乞うてはいけない」というのが両親の口癖でした。決して私個人に頂戴しているのではないので親の教えに背いているとは思ってないのですが、やはり今後は直接「○○をチョウダイ」と言うのは控えることにします。ご寄付は自発的にしていただくことでなければ好くないですよね。とは言え、本当にご使用にならないモノであれば活かすことは大切だと思っています。「捨てればごみ、活かせば資源」です。私が社協で働くきっかけになった研修では、インドにあるマザーテレサが創設された施設に、不足しているタオルや石鹸を日本から届けることが恒例となっていました。日本の家庭では忘れ去られたように戸棚や押入れの隅っこに溜まっているタオルや石鹸が、その施設では死に逝く方々の人間としての最後の尊厳を護ることになる(シスター達が身体を拭く際に使用するのです。その行為が人生の終わりを迎えようとしている人に、一人ではないこと、貴方を大切に思っている私がここに居る、ということを伝えることになるとのことです)ということを忘れることができません。バングラデシュの村ではノートが無くて、板を黒く塗っただけのものを代用していました。黒く塗られた板に一生懸命チョークで文字を書いていた少女の瞳を私は忘れることができないのです。物が溢れている日本では考えられないような事実が世界の現実です。  

 花瓶をくださったお二人には心から深謝し、「れすとらん☆あいあむ」でご使用頂ける「あいあむ券」を感謝の気持ちとしてお渡しいたします。そしてなによりも、大切に使わせていただきます。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月20日(金)
「シュンタロウ」

社協の役員、評議員さんに異動があったため、本日は理事会と評議員会を開催しました。併せて本日「れすとらん☆あいあむ」をオープンしました。

 今年の4月1日付けで開始した指定就労継続支援事業所「あいあむ」では農作業や足拭きマットの交換作業等を実施していますが作業収入は充分ではありません。メンバーさんの昼食として、また作業収入のひとつとしてカレーライス等の販売をすることは当初から計画していました。今日が、毎週金曜日に開店する「れすとらん☆あいあむ」の初日です。

 カレーをスープでのばしてご飯を少し煮込み卵黄をトッピングした「あいあむライス」は、トリガラスープではなく「べてるの家」謹製の日高昆布とかつおの和風だしに変更してみました。ベイシックあいあむカレー、焼きカレー、あいあむライスのカレー3種とシフォンケーキ、アイスクリームのデザート、コーヒー等の飲み物といったメニューを揃えることができました。本日の「おばあちゃんのサラダバー」はきゅううりのしょうが酢和え、なすとピーマンの中華風サラダ、かぼちゃサラダ、コールスローサラダ等を準備し順次二品ずつを並べるようにしました。台風4号の被害で折れてしまったプチトマトの青い実はみごとに「トマトピクルス」に変身していましたのでサラダーバーの真ん中に鎮座させました。「食と農の大切さから生命の尊さを考える」をコンセプトにしている「あいあむ」では食材にある命を無駄にすることはできません。今後も「トマトピクルス」のような静かなメッセージを発信していきたいと思います。

 評議員会終了後にオープンと設定していましたので、多くの評議員さんが開店ご祝儀のお気持ちも含めてカレー等のご注文をしていただきました。メンバーさんの動きは職員試食会での練習も積んであったのでとてもスムーズでした。「オーダー、入ります」の掛け声もとても自信に満ちているように感じました。でも、職員の方は右往左往でした。関係者の方々ということもあって大目にみていただいたようで、直接の激しいクレームは頂戴しませんでしたが職員の反省会では「反省しきり」でした。そんな時、私たちは「シュンタロウ」と言うことにしています。上手にできなかったり、ご迷惑をおかけしてしまったら「しゅん」としょげてしまうからです。初日はみんな何回かの「シュンタロウ」でした。「後からご注文頂いた方に先にカレーをお届けして、シュンタロウでした」「コーヒーのビター(ちょっと苦め)とライト(少し酸味が強め)を間違え入れ替えたので時間がかかってしまって、シュンタロウでした」「炊飯器のスイッチを入れるのが少し遅めで、シュンタロウでした」「あいあむカレーをあいあむライスと言ってしまって、シュンタロウでした」等々です。

 なんとかオープンに漕ぎ着きましたが、お出しするお料理のお味も接客も「これで、良し」は永久に来ないことだと思います。それは介護現場でのサービスも同様です。達成は困難なことかもしれませんが、『目指せ!「シュンタロウ」ゼロ』を目標に精進して参りたいと思っています。

 営業時間は11時から16時まで。お食事は14時30分までとなっております。次は27日です。どうぞ、お立ち寄りくださいね。お待ちいたしております。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月18日(水)
「十代の君たちへ」

その人のことを初めて聞いたのはおそらく5〜6歳の頃、小学校へ入学する前のことだったと思います。

 「戦争中に、平生に基地があってね、そこから兵隊さん達が出撃して行っちゃった(行かれた)。一度出撃したら還って来れん(来れない)、出撃よ。部下を出撃させた日には隊長さんが本堂(私の父が住職を務めていたお寺のお堂のひとつ)で長い間じっと座っちょちゃった(座っていらっしゃった)。その隊長さんも戦争が終わった後、自分で死んじゃった(死んで逝かれた)って聞いたよ」

 「なんで(どうして)?戦争が終わったのにどうして死んじゃったん(死なれたの)?」「さあ、なんでかね」

 そんな会話を母としたことがありました。話の内容は私には理解できませんでした。それが「回天」のことだと分かったのは随分後のことです。

 その後、20歳を少し過ぎた頃、ある民放の女性ディレクターとお逢いしました。彼女はドキュメンタリー番組「死者たちの遺言」を製作された方で、その番組で「回天」の訓練中に事故でなくなられた方のことを教えていただきました。その方は妹さんへ呼びかける書き出しで始まる遺書を記されていました。当時の遺書としては異例だったそうですが、幼い妹に伝えたかったことはなんだったのか、私にははっきりとは分かりませんでした。

 平成16年に回天の基地があった阿多田に交流館が完成し、回天基地に関わる記念の品々が展示されるようになりました。初めてそこを訪れた時、しばらくは動くことができませんでした。終戦後に自決された方の遺品や日記等が展示されていたのです。昔、母が話してくれた方と思って間違いないでしょう。

 その後、仕事の忙しさ等もあって回天に強い関心を持ち続けていたわけではありませんでした。映画「出口のない海」は人に誘われて映画館へ向かいました。積極的に観ようとは思っていませんでしたが、途中から涙が止まらなくなりました。主人公のモデルは妹さんへ遺書を残された方だと思いました。

 今年の春から、時折、阿多田交流館を訪れ、阿多田交流館調査員である内山先生に、戦争のことや「回天」のことを教えて頂いています。先生が学徒として動員されたご経験をお持ちだとは先日まで存じ上げませんでした。          

 今年の夏、平生町社協から平生に暮らす10代の青少年の方々へ3回に亘ってメッセージを送ることにしました。『十代の君たちへ』と題した講演会の第1回目は8月10日の10時から、内山先生にお越しいただき「私の少年時代」という題でご自身が体験されたことや「回天」に関するお話をしていただきます。

 地蔵像の前で、海へ向かった部下のことを思い長い間微動だにされなかったであろう方のお気持ちを推察することは到底できませんが、私はその方を通して戦争について考えて行きたいと思っています。「手紙」で触れましたウォッゼ島で戦死した叔父は福嶋 寛と言います。幼い頃、出逢ったその人も同じ「寛」という名を授かり20年とちょっとの人生を駆け抜けて行かれました。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月17日(火)
「トマトピクルス」

昨日は祝日でしたが、井上と二人でハーブの栽培方法を学びに、岩国市玖珂町にある「みんと村」へ伺いました。「あいあむ」でハーブを育て、オリジナルハーブティをメニューに載せたいと考えているからです。聞くところによるとハーブの多くは「放っておいても育つ」とか。それらのお教えがガザネタでないことを信じて「あいあむハーブティ」の誕生を夢見ています。様々なことを親切にご教示いただき帰途に着きました。

 お昼前くらいから時折、雷を伴う激しい雨に見舞われましたが、晴れ間を選んで台風4号の風雨の被害に遭った野菜たちの支柱の立て直し等の作業を行いました。ミニトマトの一本が半分のところでばっさり折れていました。これから実ろうとしていた堅い青い実が20個ほどついています。結局、ピクルスにしてみることにしました。美味しくできれば20日の「おばあちゃんのサラダバー」に並べることもできます。ひょっとしたら捨てられたであろうトマトが、トマトにしてみれば不本意かもしれませんが、形を変えて誰かを生かすエネルギー源になれるかもしれません。

 それらの作業を終了し、夕方になって地震が起こったことを知りました。今後設置される各社協の災害ボランティアセンター等のご依頼に協力させていただきたいと思いますが、今はただお亡くなりになられた方のご冥福と、怪我をされた方のご回復、そして一日も早い復興をお祈りすることしかできません。

 あのミニトマトをもし捨てていたら、私は拾いに行っただろうと思います。トマトが美味しいピクルスになってくれていたらサラダバーに、もしそうでなかったとしても…、強靭な胃腸を誇っている職員と私の胃袋に納めようと思います。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月15日(日)
「おばあちゃんのサラダバー」

6月1日から開始した「あいあむカレー」試食会も終了し、20日からは一般の方をお迎えします。丁度20日には理事会と評議員会が開催されますので、そのご案内状にも記載させていただきました。障害者自立支援法に基づく指定就労継続支援事業所「あいあむ」の事業のひとつとして開店します。   

 先週末、就労支援部の井上からメニューの紹介文章作成の依頼がありました。このコーナーで創作の過程等をご紹介してきましたが、それらをベースに考え先週末に渡しておきました。さっき、ふと、「あいあむカレー」等カレーメニューにセットになっているサラダバーの紹介を忘れていたことを思い出しました。カレーだけではバランスが悪いので常時2種類程度の季節の野菜サラダバーをセットにしたいと、試食会から検討を重ねてきました。「あいあむ」で収穫した無農薬野菜も利用したいと思っています。広島県からの視察研修のバイキングランチの際、ボランティアの方が作られたドレッシングを頂戴した直後はそのドレッシングが「おしゃれ」だったので、「おしゃれなサラダ」を用意できたのですが、それ以外は「春雨といんげんのサラダ」「きゅうりのごま酢和え」「じゃこピーマン」「焼きなすのおひたし」「きゅうりのしょうが和え」等々で、およそサラダバーとは言えません。それに11月になったら5月に仕込んだ「味噌」を利用したお味噌汁もお出ししたいと思っています。「おしゃれなサラダバー」にはなりそうもありません。「お惣菜」「和食」等も浮かびましたがどうも夕食のおかずのような感じがします。はて、さて・・・。   

 そこで「おばあちゃんのサラダバー」はどうでしょう?明日、「あいあむ」のメンバーさんにも提案してみよう、っと。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月13日(金)
「経営理念」

台風4号が各地に甚大な被害を与えながら北上しています。明日はおそらく福祉センターで、要援護者の方々の避難をお受けするようになると思います。数年前、他県で水害時に寝たきりの高齢者が逃げ遅れ犠牲になられるという痛ましい出来事がありました。その直後、台風の直撃が予想された時、要援護者の方々を対象に、送迎や排泄介助等の介護サービスを提供することを、夜間を含め自主的に始めました。「ひらお・みんなの家」開設当初、常勤職員は全員夜間勤務に就き食事の調理や排泄介護等の介護業務に携わりましたので、避難所の運営にはその介護業務等の経験が役立っています。当初、本会が介護保険の事業所を経営していることから、お客様の囲い込みにあたるのではないかと非難を受け、悔しい思いをしました。でも、要介護状態の方や何らかの介護が必要な方が、一般の方と同じように避難をすることは現実的には無理なことです。もちろん災害も様々ですからいわゆる災害弱者の方々のみ特別な避難所を設けることが不可能な場合もあるでしょうが、少なくとも台風のように予想できる災害時には一般の方よりも少し早めに安全な場所に避難していただくということは可能なわけです。  

 認知症のお年寄りと関わり始めた頃、ある一人暮らしの方がおられました。ある時、夜間に台風が接近し、私はテレビやラジオの台風情報を聞きながら過ぎるのを待っていました。ふと、その認知症の方はどうして風がこんなに強く吹くのか、一体いつまで大雨が降るのか理解できずに私の何十倍も不安な夜を過ごされているのだろうな、と思ったことがありました。その不安はいざ逃げろと言われても直ぐには身体が思うように動かせない方にとっても同様でしょう。

 「以前は家が崩れるときには一緒に死のうと思いながら台風が過ぎるのを待っていた」と言われる方もいらっしゃいます。遠くに住まれているご家族から「こんなサービスを待っていました」というお声も頂戴しました。本会は、経営理念の一つ目に「誰もが安心して暮らせるひらおのまちづくり」を掲げています。災害時の諸サービスは「安心」のひとつとして今後も自主事業として実施する必要があると思っています。何はともあれ被害が最小限でありますように…。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月11日(水)
「あめーら」

二週間後の認知症介護実践者リーダー研修では、『ストレスマネジメント』の演習を受け持っています。臨床心理士でもある大学の先生のご講義を受け、よりその課題を身近にそして現実的に受け止めていただくような演習を企画中です。私はどのような環境でもストレスの無い状態はありえないと思っていますので「存在するストレス」とうまく付き合う方法を自分なりに会得していただけるような演習ができれば、と思いますが、これがなかなか…、未だ考え中です。  

 「あいあむ」でサツマイモの苗を植えました。荒地でも美味しい実を付けてくれると噂のキントキイモなのに、一部の苗は植えて数日後、枯れてしまいました。聞くと少し肥料を土に混ぜたそうです。サツマイモは肥料を与えてはダメなのだそうです。   

 静岡県周辺で「あめーら(その地方の方言で「あまい」という意味)トマト」というとても甘いトマトがあるそうです。収穫前にぎりぎりまで水分を控えることによって甘くするという話は聞いたことがありますが、ここでは水分は通常の3分の1以下だそうです。さらに、苗を育成するためのポットに入れたまま、植え換えずに育てるそうです。トマトにしてみれば栄養も水分もギリギリの飢餓状態でしょう。厳しい環境の中では種を保存しようという生物の本能が働きより実りがよくなるそうですが、トマトにとってのストレスが美味しい実を実らせる秘訣になっているという訳です。人間の欲望のために水を控えられ根の張り場所を奪われているトマトには気の毒としかいいようがありませんが、吸収できないほどの栄養は必要ないようですし、枯れない程度のストレスが見事な結実に繋がっていることは事実のようです。  

 まずはストレスのない社会は在り得ないのではないかという仮定に立ち、それらのストレスといかに付き合うか、どう対処するか、またストレスに負けないために自分でできることは何か、等々を一緒に考えてみれるような演習ができればいいな…。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月10日(火)
「今年の梅雨」

今年の梅雨はヘンだと思います。今日は午後からの会議に出席するため車で山口市へ向かいました。帰路は大雨で、丁度小中学生の帰宅時間と重なっていましたが、傘も差せずにずぶ濡れで歩いている子も多く居ました。傘も差せないような集中豪雨は、昔は梅雨明けの印で雷の轟きは夏の訪れでもありました。実はきゅうりとかぼちゃが、もうダメ、って感じなんです。背丈の低いひまわりは元気に咲いていますが、いつきゅうりやかぼちゃ同様になってもおかしくないし、大きくなるはずのひまわりはついには平生では花を咲かせないうちに腐ってしまうかもしれません。水が引かないうちに次の雨が降り水耕栽培状態です。梅雨に入ってからの山口の日照時間は平年の20〜60%で、7月に入ってからのそれは平生のお隣の柳井市では6時間12分、平年の10数%だとか。今年の梅雨はヘンです。と言うより、本当はここ数年、ヘンなんですが、私には特に今年の「ヘンさ」が切実です。おそらく地球温暖化の怖さを今年ほど身近にそして毎日感じたことはこれまでなかったと思います。それは、やっぱりひまわりや野菜たちのお陰です。「オホーツクの味」で紹介した常呂沖で獲れる帆立などの魚介類は流氷がもたらす栄養満点のプランクトンを糧に育っています。温暖化の影響で流氷が到来できなくなったら…、とオホーツクの海を眺めたことがあります。今は、情けなく枝や茎を垂らし決して実らない小指ほどのきゅうりやビー玉ほどのかぼちゃを見ていると「これが地球温暖化」だと思えます。(もちろん、他の要因から枯れていくのかもしれませんが…)  

 「行ったこともない国が水没してしまうことは自分の快適な暮らしとは無関係」で済まされることではないようです。人間の愚かさを帆立の貝柱や実らないきゅうりやかぼちゃが教えてくれます。早く気づけ、と教えてくれています。 

 社協の空調温度の設定はご高齢のお客様が多いせいで、夏は高めで職員は暑がります。タオルを首にかけているのはそのせいです。(冬はほとんどの施設に床暖房やそれに準ずる設備を整備しています。冬の寒さは若い職員以上にお体に障りますから。)お客様がいらっしゃらない事務室などはできるだけ空調を付けません。停車時のアイドリングは禁止です。電気の付け忘れや戸を開け放したままの冷暖房は厳禁です。今は部課長や拠点の主任がそれらのことを指導していることでしょうが、局長を拝命して数年は消し忘れのスイッチを消して歩くことや空調の温度の上げ下げに目を光らせる毎日でした。たぶん多くの職員に「局長はケチだ」と思われたことでしょう。経費を節約したい気持ちもありますが、無駄な消費資源をなくしたいという気持ちからの行動でした。私にできることはそんな節約や買い物袋を持参することくらいしかできていません。先に黄色い花を付けたまま腐っていくきゅうりに私は何もしてやれません。叩きつけるように落ちてくる雨を防ぐ術を知りません。融ける極の氷にも、信じられないくらい広がっている海洋にも…。私にはただ自分の暮らしや周囲の真実を見つめることしかできません。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月6日(金)
「熱い一日」

カレーリゾットのようなカレー雑炊のような「あいあむライス」を試行的にメニューに載せてみました。最後に落とした卵は半熟の方が良いとの意見を多く寄せられたのでまた検討してみます。今日のサラダバーには「あいあむ」で収穫した茄子ときゅうりとピーマンを使いました。焼き茄子のおひたしときゅうりのしょうが酢和え、じゃこピーマンの3品です。新鮮なことも強みで概ね好評でした。当分これらの野菜が収穫されますので調理方法を研究し変化をつけなければなりません。今日は少し気温が低めだったせいか、手作りアイスよりシフォンケーキのご注文を多くいただきました。当然のようにコーヒーのご注文も追加されるのですが、この追加注文と食後のコーヒーのタイミングがうまくつかめません。一般の方にご来場いただくまでには克服しなければならない最重要課題です。「あいあむ」のメンバーさんも熱心に接客の練習中です。気温は低めでもフロアも厨房も身体も脳もフル回転のホットな熱い数時間でした。うーん、気温や天気も考えて仕込まないといけないな。多くの飲食店の方々のご苦労が少しは分かる気がします。美味しいと言われ、心地よく時間をすごしていただき、また来たいと思われる「もてなし」に近づけるよう…ファイト、です。   

 午後、先月もお知らせした8月18日に開催する「死をみつめるシンポジウム」の打ち合わせを行いました。シンポジストにお願いする予定の3名の方の内、お二人の方に夕方お越しいただきました。「健康」「福祉」「医療」「引導」といった方向から『死』を考えるような内容になるのでしょうか?「生きる」という当たり前のことを真剣に2時間に亘って討論することになると思います。私としては特に職員へ聞かせたいシンポジウムでもありますが、24時間365日、誰かが業務についている本会ですから記録を撮ることも考えなければなりません。午前中は青少年ボランティア講座「十代の君たちへ」も開催するようですし、丁度日本テレビ系の「24時間テレビ」の初日でもあります。本会はこのチャリティ委員会から3台の車両をご寄贈いただいていることから、毎年何らかの形で協賛行事を実施しています。担当部で企画を検討中ですが、何れにしてもあいあむ周辺は「熱い一日」になりそうです。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月5日(木)
「オホーツクの味」

平成5年に青少年ボランティア講座を始めました。これは小学5年生から18歳までを対象に、講師の先生のお話を聴く入門講座、体験を主とする基礎講座、そして両講座の修了生が参加できる研修講座の3段階の構成となっています。当初研修講座は入門・基礎の二講座を修了した後、ちょっぴり大人になった青年達が様々な体験をするために国内外の研修に自主的に参加する際の経費の一部を社協で負担するという趣旨で創りました。でも、なかなか自分で研修を探して申請するというところまでは行かないようなので、社協で設定することにしました。目的地に選んだのは北海道常呂町(現北見市)です。平成7年から開始し16年まで25名の研修生と10名の職員を派遣しました。(昨年は諸事情から斜里町社協に3名の研修生と職員1名がお世話になりました。)昨日、青少年ボランティア講座の担当職員が今年度の企画書を持参してきました。総合学習の時間等が学校教育の現場に設けられるなど、時代に連れ社会は変化しています。ひらおに住む青少年に社協として伝えたいことも変わっていく必要があります。一昨年から内容の検討や再編等が課題になっていました。一昨年は全面中止、昨年度は斜里町にお世話になった研修講座のみ実施しました。途中職員の異動等もありましたが、現担当者は以前にもボランティアの担当をしていたことから、段階的に発展していくような現体系が青少年の成長にも相まってとても良い形だと思っているとのことです。また、これまで本会に関わっていただいた方や研修等でお逢いした方で、是非ひらおの方々に紹介したいと思っている人もいるとのことです。今年度の青少年ボランティア講座は少しリニューアルされ「十代の君たちへ」というテーマで再開されるようです。

 私は「変えてはならないモノ」と「変えなければならないモノ」があると思っています。青少年ボランティア講座を例にすれば、社協として伝えておかなければならないことがあり、それを担当者が強く思う(念ずる)姿勢は変えては欲しくないこと、開始して十年も経過したのですから、内外の環境をきっちりと見れば、現在(いま)に適したテーマに変更することは変えなくてはいけないこと、です。発展的改革とでも言えばいいのでしょうか、そんな変化を求める私に古いものを捨ててしまうような誤解をする職員もいるようです。どうか、ひとりひとりの確かな目で変える必要があるものと変えてはならないものを捉えることができる職員になって欲しいものです。

 常呂にはある海産物等の販売をされる大きな会社があります。そこのご子息には講座の際もとてもお世話になっていますし、私とはいわゆる『呑み仲間(と、私が勝手に思っています)』でもあります。夏と冬の二回、その会社の「オホーツクの味」を職員で共同購入しています。今年も帆立や北海シマエビ、ほっけ等の注文をする時期になりました。ここの味には「変えてはいけないモノ」と「変えなくてはならないモノ」がしっかり共存していると思っています。口にする度に、素材を大切にされていることには変わりはないのですが、新しい挑戦や同じ商品でも僅かずつ味に変化を感じているのですが、「全く変えてませんよ」なんて言われるとすごくショックで、まるで「あおい」のような失敗になりますね。とは言え、「オホーツクの味」を口にすると伝統だとか友情だとか生命だとか、お腹も心も満腹になるのです。そして私は変えるべきモノと変えてはならないモノを感じるのです。(この項は、また訂正が入るかもしれません。ご了承ください。)(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月3日(火)
「ありがとう」

「コーナーの名前がなぜ『ありがとう』なの」という質問をいただいています。初めて出版した拙著が「ダンニャバード」といいます。「ありがとう」という意味のネパール語です。ホームページを公開するための作業を進めていた担当の関本に「書き込めるコーナーを作って」と頼んだのは結構早い時期でした。コーナーの名前も迷わす「ありがとう」にしました。自宅に帰って夕食を済ませてからのひと時パソコンに向かってその日の原稿を作り、翌朝見直してメールでおくることにしています。そのリズムが生活の中にはまってきています。まあ、一週間に一度程度更新できれば良いほうだ(関本談)と思っていたらしいですが、業務に関係していることに限っても結構お伝えしたいことはあるものです。

 『ありがとう』の原稿を作ることが習慣になって4ヶ月目に入りました。なぜ、『ありがとう』なのかは読んでいただいている方々にはお分かりいただけてますよね。社協の職員として勤務するということはなんと多くの方やいろんなことに感謝する機会が多いことかと今更ながら思います。

 「あいあむ」には多くの方々からの頂き物が集まっています。モノであったり野菜であったり、労働であったり。住民の方々からのご協力ももちろんのことですが、休日に手伝ってくれる職員や自宅で作業をしてくれている職員もいます。心から「ありがとうございます」とお礼は言っていますが、感謝している気持ちを現す“こと”をただいま考案中です。ひとつには「あいあむ通貨」のようなモノはどうかなと思っています。「あいあむ」でしか利用できませんので地域通貨とも呼べませんが、感謝の『気持ち』としてお渡ししたいと思っていますので大層なものではなくささやかな方が良いと思っています。決まりましたらお知らせします。

今日、大きな事故もなく終えられることに感謝。食物や飲み物を口にすることができたことに感謝。今日、働くことができたことに感謝。今、生きていることに感謝。生まれてこれたことに感謝して今日という生涯に一度しかないかけがえのない一日を終えることにします。(平生町社協:福嶋 美奈子)

2007年7月2日(月)
「花咲かせ隊」―開花―

昨夜から日中にかけて時折雨が激しく降りましたね。雨も必要なことは十分判っているつもりですが、雨の朝はデイにいらっしゃるお客様のことと送迎に向かう職員のことがまず気になります。私が目覚めた頃にはもうお客様のご家庭に訪問している職員もおります。グループホームの夜勤者は朝食の準備を整えお客様のお目覚めを待っているかもしれませんし一晩中お休みになれなかった方の横に座っているかもしれません。24時間365日、誰かが働いています。昨夜の無事を喜び、新しい一日の安全を願うことが習慣になりました。今週は梅雨空が続くようです。集中豪雨の被害もありませんように…。 

 今日から3日間、事業部の職員研修が午後3時間の予定で実施されます。事業部の各課から研修委員を選出し企画したようです。「法令の遵守について」や「グループワーク」等が予定されていますが、私には「倫理について」というコマが割り当てられました。本会の経営理念を日々のケアや業務にどう実現するかについて個人ワーク等を通して一緒に考えましたが、50分という限られた時間のなかでどこまで伝えられたかは少々疑問ではあります。でも60名もいれば誰かには伝わったと信じたいところです。

 ひまわりは…、咲きました。大人の背丈より大きくなったひまわりで迷路ができているような場面を想像していた私たちとしては(???)なのですが、とりあえずは咲きました。最初に種まきをした3畝の成長が順調で少し早めの開花です。1500uが一斉に、とはいきませんでした。水はけのことも考えて畑には溝を掘り9つの枠に分けました。Aの部分には背丈の低い種類をBには高いものを交互にまいたので、丈の大きいほうはまだ開花には至っていません。両方が一斉に咲くと美しい予定でしたが、種によって発芽の時期や開花までにかかる時間も違っていたようです。予定通りにいかないのはひまわりも人生も同じなのですね。
   

 そんな私たちが育てたとはいえ、きゅうりや茄子、ピーマン等々収穫ができるようになりました。今週の金曜日のサラダバイキング(あいあむカレー等には2種類以上のサラダバイキングがセットになっています)には焼き茄子の煮浸しやきゅうりのサラダを並べることができそうです。苗や自然に感謝、深謝です。

 ひまわりにしても茄子たちにしても世話の如何にかかわらず、きちんと成長してくれました。その植物や自然に感謝する謙虚な気持ちをしっかりと覚えていて、とひまわりが教えてくれたようです。(平生町社協::福嶋 美奈子)

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